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最近、全クラの準決を観に行ったので、そしてベルマーレユースの似非インチャで声を出しているものにとってやっぱり心に引っかかってしまうか書く。





高校野球やってますねえ。
毎試合毎試合白熱してますがワシはどうしても甲子園大会そのもののシステムが好きになれない人間なんです。毎年この時期にはいろいろと考えてしまう。



高校野球はたしかにさわやかで汚れない、そして一生懸命に甲子園のために3年間尽くした球児の純粋な涙に感動という今の日本人が忘れかけているものを真夏に思い出させてくれますが、考えをひっくり返すと投手の酷使であったり(これでひじが途中までしか伸ばせなくなってしまった選手(大野倫)もいた)、酷いコンディションでの試合であったりと試合とは呼べない状況で(日程を何とか消化するため、今年の長野と宮城の日程順延は記憶に新しい=選手酷使)やっているとも思うんです。



スポーツライターの玉木宏之氏がいつか書いていた「監督の言うことを聞くだけの言いなりロボットとなり、結局は自分の体を壊すだけ」は言いすぎですが、根本は間違ってません。



だからワシはプロ野球チームはせっかく小学校クラスの「ジュニア」があるのだから高校生の「ユース」中学生の「ジュニアユース」を作る義務があると思います。あとはリトルリーグ、ポニーリーグ、ボーイズリーグという小学校からの3流派のジュニア世代が「シニア(これって或る程度の年代が使う言葉なのになぜ野球だけ中学生?)」ではなく「ジュニアユース」とし、高校世代の「ユース」も作って地域密着のクラブ化を目指してほしい。サッカーで言えば「FCみやぎバルセロナ」や「アミーゴス鹿児島FC」といったところか。もちろん憧れの甲子園は彼らでも狙えるように。



目的として

○一時的な地域密着(大会で一時的に盛り上がるアバンチュールではなく、ユースの彼らも地域活動に参加する)ではなく永遠の地域密着
○先発投手のローテーション制(3人は必要、でないと仙台育英の佐藤君、沖縄水産の大野倫のような例がまた出てしまう。それを美学として報じるマスコミはもっと狂ってますが)の徹底。
○投手の役割分担(この時期から先発、中継ぎ、抑えとして育ててみても面白い気が)
○「選手育成」という意識の徹底(高校野球は人格育成が常のはず、ならばユースはもう少し勝つ野球にこだわっていいと思う)から社会人になっても通用する人格の育成。
○アメリカだけでなく欧州(イタリア南部の或る地域はカルチョより野球です)、南アフリカ、オーストラリアといった野球発展途上地域に出向いての交流戦を年に一回は行う。
○日常的に誇れるおらが街の存在を目指すということ。



これ古田監督も考えた事があったみたいです。
プロ野球こそが地域に還元しなければいけない番に来ているんです。現状では夢物語かもしれませんが、まずは中体連、高野連と連繋をとり、10年、20年(もっとかかるかも)構想で大会のシステムを作ってほしい。


たとえば野球のユースなら

夏の甲子園=高円宮、NPBユース=秋の明治神宮か国体、全クラ=春のセンバツ


みたいなカンジで。例えばクラブ地域予選で勝ち進んだチームは夏の甲子園県予選ベスト4か8から登場できるようにするとか。そういうシステムを作ってほしいですね。


そしてファンの楽しみも増えるでしょう。「どの子が来年トップに上がってくるのかなあ。」「何君はいいねえ。毎日巨人への道の上り下り頑張ってるよ~。」「○○君、頑張れよ!」のような触れ合いだって立派なリピーター獲得だし、地域密着なんです。



楽天は山形を2軍の拠点にするといって1年もせずに撤退した。2軍だって地域密着のために何かできるぞ。それはユースでも同じだ。山形県民も「何か寂しい」「裏切られたような気も」とブーイングだったのを思い出す。その点サッカーはまだマシだし或る意味ではスゴイとも思う。


どのチームも地域密着と謳っていますがまともにやろうとしているのはヤクルトと日ハムくらい?鎌ヶ谷専属ファイターズタウンのマスコットもいるみたいだし。千葉ロッテの例もありますがあれは魂の応援が産み出した結果と営業側の欠かさぬファンイベントの努力の賜物だからね。千葉ロッテももう少し武蔵浦和で何かやってもいい気がするけどなあ。ワシも高校時代二度ほどロッテと日ハム観に行った事あるものなので。


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http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/wadai/news/20060813k0000m040119000c.html


函館に関係がある人間としては絶対に放っておけないニュースが飛び込んできたZE!



函館はママンの田舎。


ここは函館ドックといって北海道の産業の玄関口。
この大型クレーン2機を見る度に爺ちゃん家に戻ってきたんだなあと幼少期から感じていました。


函館は青函(青森~函館の略、一応明記)連絡船が1987年?になくなってからというもの、連絡船を「シーポートプラザ」として函館朝市近くの名所として再建、近年では確か1995,6年に函館ドック前近く(末広町)の金森倉庫を再開発してショッピングや地ビールなどが楽しめるアミューズメント施設にして観光客の確保に奔走してきました。


北島三郎の「函館の女」に出てくる「松風町」という地名は近年衰退化が目立っている地域らしく、中心は五稜郭公園のある五稜郭地域へと移っています。これはドック前からだと市電でも30分弱、函館山からも30分強かかるところです。


いろいろな再開発に一応の成功(だと思う)を収めてきた函館市ですが(最近は北島三郎ミュージアムがオープン)、今度はどうなるのか。こういう問題はやはり感情がどうしても入ります。19日のシンポジウムもそういう展開になるでしょう。一番大切なのはもちろんニュートラルで的を得た意見なのですが。全員が納得するのはもちろん至難の業。ただ函館ドックのクレーン2機は間違いなく函館の経済を支えてきた。これだけは言いたい。


耐震性に問題があるという点、維持するには9億という莫大な金がかかるということが焦点になりそうだけど消えるのは寂しすぎる。路線価も大幅に落ち込んでいる現状の函館市。厳しいとは思う。ただ何とか残せないだろうか。


ママンの意見だと「時は流れるし歴史も変わる、しょうがないんじゃない。。。」冷たい口調でしたがやはりどこか寂しげでした。函館市民は皆心のどこかに「寂しい」感情は持っているはず。「寂しい」ということは心残りであるということの象徴以外の何者でもない。この感情をシンポジウムでどう冷静に簡潔にまとめるかだとも思うな。


というわけでワシの地元にやってきましたいよいよ浦和編です。


むしろ、やる必要などないと思いそうですがJ31チームのチャントULTRAの現状をわかる範囲で表現していきたいので。


「何故だかわからない」というチームの営業部長が仰るとおり、開幕当初から熱狂的な人気を誇り、元々CRAZY CALLSという吉沢康一氏率いるULTRAが今のJで行われている太鼓やチャントの姿勢を始めた創始者の様にも思います。


相良氏、角田氏とコールリーダーは変遷し、たくさんのULTRASができて熱狂のKAOSと毎試合化すCURVA。これは世界レベルだとドイツから来日した記者に賞賛され、韓国KリーグのULTRAも浦和を手本にしているチームがあるといいます。


ワシがお気に入りのチャントはこちら


「Here we go! We are the Reds~
ランラーラ ランラランラーランラー
Here we go! We want goal!!
ランラーラ ランラーララ URAWA REDS!!」


原曲 「大脱走」



http://www.sainet.or.jp/~boys/



なお、浦和のホームで試合が行われる際に「FIRST IMPRESSION」という入場曲が流れるのですが、それを聞くたびにアウェーサポーターは「絶対に負けてたまるか」という気分が高揚し、チャントを激しく歌いだします。特に駒場では燃えたな。つーか、駒場しか経験ないが埼スタでも同じように高揚感が昂ぶるのだろう。だからベルマーレがJ1にあがったら絶対に埼スタアウェイでも駒場アウェイでもボコボコにしてやりたい。


あと日本サッカーで誇れるもののひとつに、浦和のULTRAの激しさはあると思います。特に韓国人のサッカーファンは浦和ULTRAを知らない人はいないんだとか。



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